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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3289号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

熊野勝之

西村陽子

被告

株式会社ロイアルチェーン本部

右代表者代表取締役

村上公三

右訴訟代理人支配人

村上悟

被告

広畑雄

右訴訟代理人弁護士

曽我乙彦

中澤洋央兒

安元義博

主文

一  被告らは原告に対し、各自金四五〇万円及び内金四〇〇万円に対する、被告株式会社ロイアルチェーン本部につき平成四年五月二日から、同広畑雄につき同年六月二三日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金一三八〇万七〇〇〇円及び内金一二八五万七〇〇〇円に対する、被告株式会社ロイアルチェーン本部につき平成四年五月二日から、被告広畑につき同年六月二三日から、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が結婚斡旋業を営む被告株式会社ロイアルチェーン本部(以下、「被告会社「という。)と結婚斡旋契約を締結して、担当者の被告従業員広畑雄(以下、「被告広畑」という。)から台湾在住の女性の紹介を受けて婚姻するに至ったが、右紹介から婚姻に至る過程において、被告広畑らに詐欺的行為があり、そのため損害を被ったとして、被告広畑に対して不法行為に基づき、被告会社に対して使用者責任に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一争いのない事実

1  被告会社が、「全日本仲人協会」(以下、「協会」という。)という名称で結婚斡旋業を営んでいること

2  被告広畑が被告会社の結婚斡旋業務担当の従業員であったこと

3  協会の台湾支部の支部長が大西純園(以下、「大西」という。)であり、張榮宗(以下、「張」という。)も同支部の仕事に従事していたこと

4  平成元年五月二日、原告が被告会社本店所在地にある協会を訪れ、担当者の被告広畑と面会したこと、そして、原告と被告会社は、結婚斡旋契約を締結し、当日、原告が被告会社に対し、入会費五万一五〇〇円(消費税を含む)を支払ったこと、その際、原告は被告広畑から、国際結婚申込みには費用として二四〇万円が必要である旨の説明を受けたこと

5  原告が被告会社に対し、右国際結婚申込金として、同年五月一〇日四〇万円を、同年六月四日二〇〇万円を、同月一三日消費税として七万二〇〇円を支払ったこと、更に、同年八月六日、追加料金として二〇万円を支払ったこと

6  同年九月一一日、原告と見合いをするため、国籍が中華民国(台湾)で同国在住の女性李静宜(以下、「李」という。)が大西及び張とともに来日し、同日、原告と李は、大阪市内のシティプラザホテルで、被告広畑も立会いのうえ見合いしたこと

7  李の来日中に、原告と李の間に婚約が成立し、結婚条件具備証明の申請がなされたこと

8  同年一〇月二三日、シティプラザホテルにおいて、原告と李は結婚式を挙げたこと

二争点

1  被告広畑らによる不法行為の有無

(1) 原告の主張〈略〉

(2) 被告らの主張〈略〉

2  損害〈略〉

三証拠〈略〉

第三争点に対する判断

一証拠(甲二ないし四、五の一、八ないし一〇、一一の一ないし三、一四、乙一ないし五、一〇の一ないし六、一一、原告本人)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は中華人民共和国の国籍を有する在日外国人である。

2  原告は、平成元年四月、協会に電話をして、協会のカタログ等の送付を依頼し、協会のパンフレット(乙一)、規約(乙二)及び身上書用紙の送付を受けた。

3  同年五月二日、原告は協会で被告広畑と面談し、同被告から協会の仕組みや料金等について説明を受けた。そして、日本人との結婚を希望して被告会社と結婚斡旋契約を締結したが、その際、同被告から国際結婚を勧められたこともあり、日本人との結婚が困難な場合に備えて国際結婚申込書(乙四)も作成して提出した。

4  当日、原告は被告広畑に対し、結婚相手の希望条件として、自分の両親と同居してくれ、子供の教育にも熱心な家庭的な女性で、喫煙や飲酒をしない健康な女性であることを伝えた。

5  同年五月七日、原告は協会で日本人との結婚は困難であるので、台湾女性との見合いをしてはどうかと勧められ、これを承諾して、示された写真の中から李を含む三名の台湾女性を、見合い相手として選択した。

6  同年八月初旬頃、原告は被告広畑から、李との見合いが決定した旨告げられ、その後、たびたび李が原告にとって理想の女性である旨同人との見合いを勧誘された。

7  被告広畑は、同年七月及び八月に台湾に渡航して李と面会したが、いずれもごく短時間であった。その際、李が喫煙することも知った。李が協会台湾支部に提出し、協会本部に送付された入会申込書(甲一一の一ないし三)は原告には示されておらず、原告に交付された李の身上書には、虚偽の住所や電話番号が記載されており、入会申込書に記載のある李がコンタクトレンズを使用していること、結婚相手の家族との同居を望んでいないこと、少々飲酒し、タバコも一日五本程吸うことという情報は原告に伝達されていなかった。

8  同年八月、原告は協会で台湾にいる李とごく短時間電話で会話したが、被告広畑から、李の住所や電話番号を聞くことを禁止されており、協会を通さないで直接李と連絡を取ることは協会のルールに反すると言われていた。一方、李もそばにいた張から一分間以上の原告との通話を禁止されていた。なお、李は日本語をほとんど理解できないので、同人と原告との会話は中国語でなされた。

9  李は、もともと結婚について積極的ではなく、原告との見合いのために来日することにも消極的であった。同年九月の来日直前に張に来日を断ったが、張の妻から強力に説得されてやむなく来日した。右各事実は、被告広畑から原告に伝えられていなかった。

10  李に示された原告の身上書(乙三)は、原告が作成した身上書(甲一〇)と比較すると、本籍が中国山東省が中国台湾省に改竄され、学歴欄の大阪工業大学の後に(国立)が付加され、年収の三六〇万円が抹消されて約五〇〇万円と記入されていた。また、預金三五〇万円の記載についても、実際は、原告がここから被告会社に国際結婚申込金として支払っていたことから、真実に反していた。(被告広畑本人は、甲一〇は乙三から同被告が書き写したと供述している。)

11  同年九月一一日、ホテルでの食事の際の李は、喫煙するなどマナーが悪かったので、原告は被告広畑に抗議したが、同被告は、李は原告の気持を試すためにわざとやっている、同人は、原告と結婚するため、目の手術をしたり、髪の毛を切ったり、勤務していた会社を退職して一人で来日しているのだから、その気持を汲んでやれなどと言って、原告をなだめた。しかし、李が髪の毛を切り、会社を退職したのは会社との間のトラブルが原因であった。

12  翌一二日、原告は、李の態度が変化して自ら挨拶するなどマナーも良くなり、前日の被告広畑の説明を信じていたので、李をけなげな女性であると同人に好意を感じた。また、被告広畑から、原告が李を嫌えば同人はすぐ台湾に送り返す、逃した魚は大きいなどと同人との婚約を強力に勧誘されたこともあり、同日夕方同人に結婚を申し込んだ。李は、三か月ほど交際してほしいと答えた。

13  翌一三日、被告広畑は原告に対し、李も婚約に納得している、原告は給料が安く、李はお嬢さん育ちだから、心変わりしたら断られる、早く入籍手続をしておけば安心であるとして、結婚条件具備証明書を早期に取得するよう勧めた。一方、李は張から、後のことは何とでもなるからひとまず婚約だけするようなどと説得された。そして、同日、ホテルで結納式が実施され、李が三か月は交際したいと反対したにもかかわらず、被告広畑はこれを斥け、同じシティプラザホテルに同年一〇月の結婚式の予約がなされた。

14  翌一四日、原告は結婚条件具備証明の申請手続をして、証明書の交付を受けた。

15  原告は被告会社に対し、同月一一日、国際結婚申込金追加金の名目で一〇万円を支払った。

16  李は同月一六日、台湾に帰国したが、その後、来日中に原告から告知されていた連絡場所に電話して、原告に対し、婚約の破棄を申し入れた。原告はこれを被告広畑に伝えたが、同被告は、協会の名前に傷をつけるつもりか、非常識であるなどと言って婚約破棄に反対した。原告はこれを李に電話で伝えた。

17  李は、原告との結婚生活に積極的な意思を持たないまま同年一〇月二二日、家族を伴わないまま再来日し、結婚式を挙げた。そして、その翌日婚姻届出手続がなされた。

18  原告と李の結婚生活は最初から円満ではなく、李はビールを飲んで家事をせず、原告との性関係も拒否し、台湾の男性から李に電話がかかってきたり、新婚当初からたびたび台湾に帰国するような状態で、同年一一月頃から離婚を口にする有様であった。原告は、両親のこと等を考え耐え忍んでいたが、ついに平成二年一一月、離婚の届出をした。

二以上の認定に反する証拠(乙一三、被告広畑本人)は、見合い相手である原告と李につき、互いの情報を改竄して伝えられていた事実等に照らして到底採用できない。

一方、原告は、国際結婚申込金は、婚約に至らなかった場合、女性の渡航費以外は返還すると被告広畑が約束したと主張し、その旨供述するが、協会規約(乙二)に返還する旨の規定がなく、かえって返還しない旨の規定があること等に照らして採用できない。また、原告は、結婚条件具備証明でもって、李との間の婚姻手続が完了する旨を広畑に言われて信用したと主張するが、この点に関する原告本人の供述が曖昧であること等に照らして採用できない。

三以上の認定によれば、被告らが主張するように、原告が積極的に見合いの意思を有して協会を訪れたこと及び李との婚約、結婚にも徐々に積極的になってきたことを認めることができる。しかしながら、原告は被告広畑から、見合い相手である李に関して重要な情報を伝えられなかったばかりか、虚偽の情報を伝えられていたのであり、李との直接の連絡を禁止されていた原告は、同被告の右行為によって李との見合いに誘導されたと言うべきであって、この点は、李も同様で、張により強引に見合いに誘導されたと言うべきである。特に、李は結婚自体に積極的ではなかったのであるから、この事実を原告に告知しなかった被告広畑の行為は、強く非難されるべきである。婚約に至る経過についても、李の来日中という限られた時間内で、ホテルという限られた空間において、被告広畑は、虚偽の事実まで告げて巧みに原告を心理的に誘導して、原告に婚約意思を形成させ、しかも、李の意思を押さえ付ける形で結婚式場の予約までしたものであって、原告や李の意思を尊重して見合いを実施した結果、原告が李との婚約に積極的になったと言うことはできない。更に、李の婚約破棄の申入れに対しても、被告広畑は誠実に対処しようとせず、強圧的にこれをはねつけたのであって、最後まで結婚に消極的な李の気持を原告に理解させようとせず、逆に李に好意を感じ始めていた原告の心情を利用して結婚に至らしめたものと言うほかない。

そうすると、原告が被告会社と結婚斡旋契約を締結した時点において、被告広畑において、原告に見合い相手について虚偽の情報を提供するなどして婚約、結婚に原告を誘導しようとの意図を有していたとまでは認められず、また、前記のように、同被告が、国際結婚申込金の返還について原告に虚偽の事実を告知したとは認められないものの、同被告らは、李が見合い自体に消極的で、通常の方法では原告との婚約、結婚に至る可能性が乏しいことを知り、原告及び李に婚約並びに結婚意思を形成させる目的で、同人らに直接の連絡を禁じた上で虚偽の情報を提供し、違法に婚約、結婚へと誘導したものと解するべきである。結婚の斡旋にあたっては、ある程度の紹介相手に関する好意的評価の告知は避けられず、当事者もこれを予期するべきである。しかし、日本語に通じていないのに単身来日中ということで、李は不安な心理状態にあったと推認されること、原告も中国語に堪能でなく(甲一四)、李との意思疎通は容易でなかったと推認できること、原告と李は婚約が成立して李が離日した後は電話でしか連絡をとる方法はなかったこと、以上のような状況を前提に、本件では、被告広畑は、これを利用して、単に原告に李について好意的評価を告知するだけではなく、同人が結婚自体に消極的であることを秘し、時には強圧的方法で原告を婚約、結婚に誘導したものであって、詐欺的な結婚斡旋方法であるとの評価を免れず、同被告の行為は違法であると言うほかない。したがって、被告会社にも、被告広畑の右職務上の不法行為により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

四(損害)

1  国際結婚申込金は結婚に至るまでの費用、報酬一切との趣旨で原告から被告会社に支払われた(被告広畑本人)ものであるが、同被告が李に会うために二度台湾に渡航するなど正当な経費に使用された部分もあり、また、同被告らに違法に誘導された結果とはいえ、結納式や結婚式にも相応の費用を要したことは明らかで、これにより原告が利益を得なかったとは言えないから、右申込金二四七万二〇〇〇円、追加料金二〇万円及び一〇万円(一の15)のうち、同被告の不法行為と相当因果関係にある損害額は一〇〇万円であると認めるのが相当である。なお、原告の主張する結婚式費用八万五〇〇〇円については、これが原告から被告会社に支払われたことを認めるに足りる的確な証拠がない。

2  原告と李が離婚するに至ったことについて、原告の李に対する猜疑心等が原因であるとする証拠(乙一四)を採用できるかはともかくとして、原告と李に全く責任がないとは言えないことは明らかである。しかし、もともと同人らが結婚するに至ったのは、結婚斡旋の過程における被告広畑らの違法な行為によるものであり、李に関する虚偽の情報を信じて同人と結婚したことが離婚の原因であると考えている原告の心情も理解できる。本件は、被告広畑らが、結婚という人生の大事を斡旋するに際し、原告らの心理を弄び、その人格の尊厳を傷付けた事案であって、被告らが、離婚自体についての責任まで負うべきであるとは解されないが、原告が違法に結婚に誘導されて結果的に離婚せざるを得なくなり精神的に深く傷付けられたことに対して、これを慰謝すべきであることは言うまでもなく、慰謝料の額は、三〇〇万円をもって相当とすると言うべきである。

3  被告広畑らの不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、五〇万円をもって相当とする。

五(結論)

よって、原告の請求は、被告らに対し、金四五〇万円と弁護士費用を除く内金四〇〇万円に対する、不法行為後の日である、被告会社につき平成四年五月二日から、被告広畑につき同年六月二三日から、それぞれ完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官前坂光雄)

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